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出かけた先で、突然雨が降ってきた。
慌ててバッグを抱えて、地下鉄の入り口まで走る。
茶色い革のバッグ。
何年も前に、急に「一人旅をしてみよう」と思い立って出かけた広島のお店で、心ひかれるバッグがあった。
私にとって、衝動買いするような気安い値段ではなかったから、迷ったけれど買わなかった。
でも、旅行中ずっとそのバッグのことが頭を離れず、
もう一度その店をたずねてみたら、お店はお休みだった。
こうなると逆に燃え上がってしまう。
東京に帰ってから店に電話し、振込でもなんでもするから売ってくれないかと頼んでみたが、まったくとりあってもらえない。
バッグのブランドの名前を覚えていたので検索してみたが、それでもヒットしない。
もう無理か、と諦めかけたころ、ふと会った友達にその話をした。
レストランのペーパーナプキンに、こういう形の、こういうバッグで、と絵を描いて説明した。
彼は「探せるかもしれない」と言って、本当にその日の夜にURLを送ってきた。
まさしく広島で見た、あのバッグだった。
無事にネットで購入して、それからずっと使い続けている。
人から見たら、わりとくたびれた、なんの変哲もないバッグ。
だけど、革のやわらかさがたまらない。大きさも、使い勝手も良い。
それから旅行には、全部このバッグを持って行っている。
そのあと、同じブランドの別の色のバッグを買った。
こちらは、あまり自分の持っている服と色が合わず、使いこなせなかったので、
同じく革バッグ好きの友達に譲ることにした。
友達も、最初はそれほどピンと来ていなかったようだったけど、
「使い始めるとすごく良くて、こればかり持ってる」と言っていた。
一目惚れは、たまに、最高に鋭い直感だったりするから、あなどれない。
すぐに決めないと、とりのがしてしまうこともあるんだろう。
手に入れることのできた相棒のバッグに雨のしみができないように、抱きかかえて、走った。