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『女の子よ銃を取れ』

5月22日に『女の子よ銃を取れ』(平凡社)という本を出しました。

これは、書籍にすることを前提に、webでの連載が始まりました。

始まったのは2012年9月。この日のことを、わたしはよく覚えています。
『女子をこじらせて』に続く対談集『だって、女子だもん!!』の刊行準備をしていた頃で、わたしは『だって、女子だもん!!』の打ち合わせでポット出版へ行き、その近くのカフェで、最初の原稿が平凡社のwebサイトにアップされるのを、iPhoneでずっとチェックしていました。
アップ予定時間は12時。更新された瞬間、平凡社の公式Twitterより早く、更新告知をしました。

早く読んでほしい、と強く思っていたからです。

『女子をこじらせて』以降、さまざまなリアクションがありました。
「今まで苦しかった。その苦しみの正体が『こじらせ』という言葉でわかった気がする」というリアクションや、「こじらせを直し、乗り越えていくには、どうしたらいいですか?」という質問も受けました。
「こじらせ女子」というものに対し、「人を妬んで僻んで、自分では何の努力もしない人間のことでしょ?」という、ネガティブな偏見をぶつけてくるようなものもありました。

「雨宮は見た目が普通だから、こじらせているはずがない」というバッシングもありました。

 

でも、わたしにも「自分がスカートなんかはいちゃいけない」「ヒールなんかはいちゃいけない」「化粧なんかしてはいけない」と思っていた時期はあったのです。そういうのは「女らしい、素敵な女性がすることだから、わたしなんかが踏み込んではいけない世界だし、踏み込んだら嘲笑される」と感じていたのです。
「美しさ」というものから、自分は拒まれていると強く思い込んでいました。
その壁を壊すには、長い長い時間が必要でした。極端なこともしたし、あらゆる方向に暴走もしました。
今でも、その深い深い穴に、すとん、と落ちてしまいそうなときはあるし、実際に落ちることもあります。

 

なぜ、そんなふうに自分は抑圧されていて、自分で自分を抑圧していたのか。
それを考えてみようと思ったのが、始まりでした。


わたしよりファッションに詳しい人は、山ほどいます。どうすればきれいに見えるかアドバイスできる人も。
でも、わたしはそれ以前に、自分のように「美しさ」を求める世界から「拒まれている」と感じている人のための文章を書けたら、と考えました。
昔の自分が、そうした文章に勇気づけられたように、
一歩踏み出す気持ちになれるようなものを書きたい、と思っていたのです。

「美しさ」というのは、誤解を生みやすい言葉ですが、

わたしはこの本の中で、「美しさ」というものを、その人本来の姿や魅力として考えています。
飾り立てなくても、ヒールをはいたりしなくても、その人がその人らしく、居心地よくしている状態になれること。劣等感や女失格、みたいなつらい気持ちに縛られずにいられる状態を目指すことを、本の中では目標にしています。

この連載を始めたとき、なぜあんなに必死に公開を待ったかというと、
この連載が、自分にとって、新しい挑戦になると思っていたからです。
2012年、2013年、さまざまな原稿を書きましたが、
それまで自分の中になかった文体や、文章を書く連載、という意味では、
この『女の子よ銃を取れ』と『東京』という連載が、大きな二本の柱でした。
「自分はいま、新しいチャレンジをしている」ということが、約二年の間、私を支えてくれたと思っています。

自分を拒む扉なんてないこと、一歩踏み出すことはそんなに怖いことじゃないこと、
魅力のない人間なんて一人もいないこと、
そういうこと、ただ言葉にすれば、とてもうすっぺらくなってしまうそうなことに、

なんとか説得力を持たせるために、一冊を費やしたような気もします。

いま、一冊の本になって、よかったとほっとしています。
好きな本かも、と感じた方は、ぜひ読んでみてください。
よろしくお願いいたします。