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このまえ、風林会館のパーティーに行って、
生まれて初めて、知らないひとにおごってもらったショットを連続で飲んで、
生まれて初めて泥酔した。
そして、普通の人なら二十歳そこそこで経験するであろう、ファースト以前のアルコールによるサマーオブラブをいまさら経験してしまった。 

金髪のショートヘアの女の子が、ビスチェ姿で踊ってるのがかっこよくて、
その女の子にビールをおごって、

「すごいかっこいいね」って言って「ありがとう!」って言われたり、
知ってるひとや知らないひとに抱きついてまわったりした。 

 

フロアでtofubeatsの「朝が来るまで終わる事の無いダンスを」が鳴った瞬間、
この場所の、この瞬間の、この音楽の、ここにいるひとたちの全部に、強烈な恋におちた。

この歌が、いまの状況のことを歌った歌ではないことは知ってる。けど。

夜が明けるそのときまで踊り続けることがどんなにいいことか、そんなもの、説明できるわけない。
素晴らしいから禁止するなと、言えるわけない。
恋愛やセックスがどんなにいいことか、どんなに素晴らしいか、ふだんの言葉では言わないのと同じで、
そういうことの素晴らしさは、心から好きなひとや、大事な友達に、そっと打ち明けるようにしてしか、伝えられないことだ。

そんな、心の中にずっとずっと死ぬまで大事にとっておきたいような幸せな瞬間のことを、
大声で説明しなきゃいけないような状況になっていて、
その瞬間を愛しているひとほど、大きな声をあげなければいけないようなことになっていて、
ものすごく大切な、ものすごく個人的な、素敵な瞬間のことを、
こんな状況で、大声で説明しなければならないなんて、
そのこと自体が暴力みたいだと思う。

たとえば、
「家族がいることは素晴らしい、家族を愛することは素晴らしい」って言ったら、

素晴らしいならその素晴らしさを説明するためにみんなにアルバム見せろって言われてるみたいに感じる。 

あれからずっと毎日、tofubeatsの音楽を聴いてるけど、
誰にも言えなくて、受け入れてもらえなかった気持ちを、
確かにそこにあったものだと言ってくれるような、
そんな音楽に聴こえる。
たとえば、成就しなかった片想いとか、
誰も証人のいない、出来事としてはなにも起こっていないような、
でも自分にはとても大事な気持ちを、
「それは大事なことで、大きなことで、大切だと思っていていいんだ」
と、 
「くだらない、つまらないことでも、それを大切だと思ってもいいんだ」

と、
とろかすような音で鳴らしてくれる。 

泣きそうに好きだと思う気持ちなんか、知らないひとに言いたくない。
言えば涙が出るから、言いたくない。