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長谷部千彩さんのブログ(http://fatale.honeyee.com/blog/chasebe/archives/2012/04/22/-40.html)を読んで、はっとした。

 

「健康のことも初めて真面目に考えた。健康って努力しないとキープできないものなのだ、と知った。
女の人は美しさよりも健康を目指すべきだとも思った。
そして、私が美しくあることよりも、私が健康であることを願ってくれる人と一緒にいたい、と思うようになった」

 

わたしは、昔は男のひとに着せ替え人形にされるような女に憧れていて、

そんなふうに、自分の美しさというものを、誰かが愛でてくれたらと思っていた。

そういうのって、気分がいいだろうな、

男のひとに、見た目ですごく愛されるのって、

自分は体験したことがないけど、なんか、フェティッシュな感じがしていいなと思ったりしていた。

 

でも、春のあいまにあるとても寒い日に

「あのワンピース着てきて」

と、薄い半袖のワンピースを指定されたときには、

急に冷ややかな気持ちになった。

憧れていた立場になれたのに。

 

わたしは、寒いのが極端に苦手だから。

でも、もしも暖房のきいた車の送迎や、

そのワンピースにはおるあたたかい毛皮(そのくらい寒かった)をあげるからと言われれば、どうだったんだろう。

それでも、なんだかそれは不自然すぎる気がして、

やっぱりいやだと思う。

特別なパーティーとかなら別かもしれないし、

不自然さを競うようなおしゃれや美しさがあることも、知っているけれど。

 

人間の美しさを本当に愛でるというのはどういうことなんだろうか。

 

観察者の側にまわったときには、不自然でも自然でもさまざまな種類の美しさをそれぞれにいいと思えたりするけれど、

自分が観察される側にまわると、自分はどういう美しさを身につけたいと願っているのか、わからなくなる。

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