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今日はあぶく銭みたいな原稿料の入る日。確認してから四谷三丁目に取材に行き、返す刀で丸ノ内線で新宿三丁目へ。伊勢丹に行く。 


伊勢丹には先週も行ったし、先月も服を買ったのだが、ここの下着売り場に行くときの気分はほかの売り場に行くときとは違う。

「こちらでお買い物されるのは久しぶりですか?」と聞かれ、容赦なくサイズを測られる。胸だけじゃない、スリーサイズもだ。
「お客様のカップは合ってません。今よりもっと大きなカップでいいはずです。ものによっては2カップ上げてもいいくらいです」。
よくあるセールストーク。と思ったけれど、真剣に「どういう胸の状態がベストなのか」という定義を説明され、とことんつきあってくれる気のようだったので、こっちも腹を割ってみる。

「あの、むりやり寄せて谷間作るようなの、好きじゃないんです。パッドが厚いのも嫌」
そう、べつにわたしは自分の胸をごまかして大きく見せたいなんて思ってない。胸が大きいほうがえらいなんて、ときたま世間に流されて思うこともあるしおっぱいは大きくてやわらかいほうがいいななんて思うこともあるけど、小さい胸をむりやり寄せて、肉を指でつまんだみたいな谷間を作るなんて、歪んでるし色気がなさすぎる。

ラベンダー色の天鵞絨張りの椅子が二脚置いてあるひろびろとした試着室でつぎつぎに試着する。

このデザインは好きじゃない、こういう色も嫌、と主張していたら、品質もお値段も大ボスみたいな下着が出てきた。下着じゃなくてランジェリーと呼ばないと失礼だろうという風格の。いままで身につけたことのない色合いの。
 これに決めて、ソファに座ってズラリとほかの候補を並べてもらってもう1セット選ぶ。
銃に銃弾を込めるように、これから戦場におもむくための下着を選ぶ。
座ったまま会計を済ませながら、その場で近くのヘアサロンに電話してこれからお願いしますと予約を入れた。
なんとしても今日中に変身を遂げなければ。

伊勢丹のチェックの紙袋を持って、風がやわらかくなった夜の新宿を歩いていると、戦線復帰したんだなという気分がこみあげてきた。
美とモードの世界への戦線復帰 。

わたしはおととしから去年の前半まで、そういうものに背を向けていた。
出かけることすらめんどうで、ひきこもっていた。
そうしたら3月に震災が起こり、夏には個人的に大きなダメージを受ける出来事があった。
生きてるって、なんなんだよ。ひどいことばっかじゃないかって思って、生きるっていうことを、憎んで、はげしい怒りを感じた。
 こんなひどい目にばかりあわせられるのなら、わたしはこんな人生から、生きてる限り全力で快楽をしぼりとってやる。
そう思った。
夏から、ひきこもりをやめた。秋には十年住んだ家を出て引っ越し、冬には初めての本を出した。
今年の正月開けにさらに引っ越しをした。
 
それまで着ていた服が、ばかみたいに見えた。
これは違うと思った。わたしのための服じゃない。
捨てて、捨てて、ほとんどなにもなくなってしまった。
新しい服を手にとるのは、怖かった。いままでたくさんの種類の、あらゆるジャンルの服を着てきたはずなのに、一度も手にとったことのないような服を、わたしは着ようとしていた。
それまでの自分の基準と違いすぎて、似合っているのかどうかすらよくわからなかった。
あんなに欲しいもので溢れていた天国のような洋服売り場は、最後の審判がおこなわれる地獄の入り口のような場所に変わった。
びくつきながら少しずつ服を買って、冬を過ごして、やっと伊勢丹の下着売り場までたどりついた。
白い手袋をした天使が、生まれ変わる手助けをしてくれる場所に。

ヘアサロンでVOGUEのページをめくっていたら、ニッキー・ミナージュの言葉が目にとびこんできた。
「私は勝てるなんて思ってもみなかった女の子たちのために戦っている」。
息をとめる。まばたきを5回。落涙しそうになるのを必死でこらえる。
勝てるなんて思ってもみなかった女の子たちのために戦っている。
なんて、なんて、しびれることを言うんだろう。
わたしもその戦線に加わることを、ニッキーに誓った。 

帰りに素敵な女性を見た。ボリュームのあるストレートヘアをばつっと、品のある角度の前下がりのボブにカットした長身の女性。やわらかいくたっとした素材の、濃いブラウンのトレンチコートに黒のワイドパンツ、白いシャツ。さりげなくて、シルエットが綺麗で、そのひとの世界がそこにある。
以前のわたしなら、こんなひとを見たら自分と比べて、落ち込んでいただろう。
だけどわたしはもう誰にも簡単に負けたりしない。
それに、女の子はライバルだけど、敵ではない。

 切ったばかりの髪の手触りが良くて、寝る前に何度も触る。

自分が毛並みの良い動物になったみたいだった。

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