打ち合わせに指定された店に行くのに、百貨店の中を通った。品良く冷房の効いた店内をまっすぐ歩いていると、視界の隅に、なにか見覚えのある色が見えた。昔、好きだった男のひとが、一度だけプレゼントをくれたときの、その箱の色だった。足は止めず、まっ…

あれは確か27歳ぐらいの頃のこと、わたしと、同じ歳の女性編集者は、出張先の大阪のホテルの部屋に缶ビールを持ち込み、ベッドに座ってそれを飲んでいた。ほとんど飲めないわたしの10倍ぐらいのペースでお酒を飲んでいた彼女は、ふと、キッ! と真剣な顔をし…

あっという間に夏がきてしまった。心に余裕がなくて、新しい服も、新しいサンダルも、水着も浴衣も買っていない。旅行の予約や、海や花火大会や、そういう予定も立てておらず、全部したいのに全部はできず、焦るばかり。打ち合わせと打ち合わせの合間にヘア…

ガラスの風鈴を買った。一週間以上前から欲しいと思っていたもの。何色にするかしばらく悩んで、音をたしかめ、淡い緑色のものにした。 夜、家の近所で食事をして、 駅まで友達を送っていく途中、古着屋さんのショーウインドウにヴィンテージの革のバッグが…

このまえ、風林会館のパーティーに行って、生まれて初めて、知らないひとにおごってもらったショットを連続で飲んで、生まれて初めて泥酔した。そして、普通の人なら二十歳そこそこで経験するであろう、ファースト以前のアルコールによるサマーオブラブをい…

去年、震災のあと、ageHaに何度か行ってた。 大きなクラブでチャラチャラした人たちをたくさん見たかった。上品で趣味がいいことなんてどうでもよく思えた時期だった。ageHaには、バーカウンターのところにポールダンサーが出る日がある。 お酒を買いにフロ…

女のからだは、めんどくさいことが多いなと思う。好きこのんでこんなふうなめんどくささをしょいこんでるわけじゃないのに、と思うこともある。鍼灸の先生が、「女の人は、だからこんなにやわらかい身体でいられるんだよ」と言ってくれて、やわらかいからだ…

今月もカードの利用明細が届く。わたしはこれを開くのがちょっとだけこわい。金額にビクビクするのも確かだけど、それより、いつ何を買ったのか、思い出すのがこわい。 タイミングによっては、二ヶ月ぐらい前の買いものが載っていたりする。いつ、どこで、何…

木嶋佳苗が夢に出てきて、「わたしのように生きなさい」 と、ご神託のようなことを述べた。「わたしのように、欲望のままに買い、欲望のままに男と寝なさい」と、つづけて言った。「本当に欲しいもの、どんなに努力しても、手に入らないものはある。あなたに…

わたしは自分が凡庸であることに自信がある。子供の頃は、頭の良い人になりたかった。成績がいいとかではなくて、頭の良い人。たくさん本を読んだりしてみたけれど、自分には読めない、読んでも意味がわからない本がたくさんあることがわかっただけで、頭が…

タトゥーを入れたいな、と、ときどき思う。ピアスやタトゥーを入れることは、強さへの憧れ、みたいな分析には基本同意する気持ちはあるけど、わたしが思うには、それは他者に対しての強さの誇示ではなく、自分自身に対する表明に近い。誰かが、タトゥーやピ…

『ミレニアム2』、けっきょく上巻の半分読んだところから始めて、一日で読んでしまい、お急ぎ便でも待てないと思って『ミレニアム3』上下巻を本屋に買いに行った。意外と、というか、女の戦いの物語で、(女と社会との戦い、という意味も含まれる) 修羅雪…

『ミレニアム2 火と戯れる女』を読んでいる。昔なら一日あれば上下巻読み通せた本。昔といっても、去年の9月までなら読めただろう。そのころのわたしは自分自身のことから、可能な限り逃げ出すことができた。思考の方向を自分自身のことからそらし、行動を…

人気のあるAVの女優さんの取材に行った。彼女は20代前半で、胸が大きくて、肌なんかつやつやで、屈託のない笑顔がかわいらしかった。楽しくお話を聞いて、取材が終わって、編集さんとおいとましようとしたときに、「あの、わたし、そういうショートヘアに憧…

下着、香水、化粧品は、素敵な女性の三大趣味ではあるけれど、同時にモテない、さえない女の心の支えの三大趣味でもあって、当然わたしも人生でもっともさえない時代には、心の支えのごとくそれらのものを買いあさっていた。 その三つは、研究したことが無駄…

よく行くお店のAMBALIの服の在庫がほとんどなくなっていたので、ふと思いついて同じお店の別の店舗に電話をかけてみた。「ちょっとお尋ねしたいのですが、そちらではAMBALIの服の取り扱いはありますか?」 「ございます」 「ちなみに、どういうものがありま…

ものを書くことは、売春とおなじだと思うことがある。(わたしは売春を悪いことと思わないので、卑下するとかそういう意味ではなく)普通は好きなひとや、大事なひとにしか見せないようなものを、切り売りしてお金をもらう。そのことに自分の周りのひとが傷…

取材で表参道へ。漫画家の末永史さんに、初めてお会いする。年上の、尊敬する女性に会うのは、独特の緊張感があるけれど、末永さんはその緊張をあっさり溶かしてくれた。 女同士は、年齢や立場が違えど、一瞬でなにかを共有して、つながれるときがある。 「…

朝いちばんでデパートに行き、いつも使っているシュウウエムラのクレンジングオイルの、いちばん大きなボトルを買う。そこからヘアサロンに電話して髪を切りに行く。ハードなときに、クレンジングオイルを買うとか、髪を切るとか、そんなことで外に出なけれ…

嵐の一日。雹が窓にバラバラと当たる音で目が覚めた。

人生の中で、何日かあるかないかぐらいの、美しい一日だった。ひとの心は、なんと複雑で、繊細で、脆くて、浅はかで、強欲で、疑い深くて、あたたかく、やわらかく、難しいものなのだろう。 わたしはそういうひとの心のありようを「美しい」と呼びたい。その…

心の中に嵐があって、前の晩なかなか寝つけず、お酒をのんで無理矢理寝たので最悪の目覚め。どこにも行きたくない気持ちをひきずって、出かける。今日は約束があって、一日中、ひとと過ごさなくちゃいけない。途中、美術館のトイレで少し泣いた。夕方、ホテ…

田舎から上京してきた母と祖母が家に遊びに来る。わたしのクローゼットの中身が少ないと、 びっくりしていた。「これだけだと、いつも同じ服にならないの?」もちろんなります。でも、わたしもう、どうでもいい服は着たくないの。

肌寒い雨の日。ホームにすべりこんだ電車のドアのガラスに自分の顔が映る。 去年の服が、ぜんぜん似合っていない。さえない顔色で、さえない服だから、用事を済ませてすぐに家に帰ってしまった。

すごくひさしぶりに、大ぶりのピアスを買った。以前は、これでもかというくらい大ぶりのアクセサリーしか持ってなくて、 ごついもの、派手なもの、存在感のありすぎるものばかりで、アクセサリーをいくつか合わせてつけることすら不可能なくらいだった。そう…

地下鉄のホームで、綺麗な後ろ姿を見た。一糸乱れずアップに結い上げた髪、白いうなじ、白い耳たぶにカーネリアンレッドの天然石のピアス。白い肌に赤い石が映えて、アクセサリーはそれだけなのに華やかで印象深い。少し肌寒いから、紺の薄手のジャケット。…

夏みたいな日。起きたら強い陽射しで、ミントの苗がぐったりしている。あわてて水をやり、折れている茎は切って、水につけた。ふと思い立って、春夏の帽子を買いに行く。気に入っていたお店が、移転してから行ったことがなかったのを思い出し、新しいお店に…

『毒婦。木嶋佳苗100日裁判傍聴記』を読む。読み始めて、いまさら初めて、この事件のことが本当にあったことなのだと、現実味を帯びて感じられてきて、引き込まれひと息に読んだ。 わたしがこの事件に関心があるのは、大きく分けると、恋愛の部分と女の部分…

気圧のせいか、頭痛とめまいがひどい。夜はなにも食べられなかった。百合のつぼみが、つぎつぎと開いて、花びらのフリルにみとれる。

イベントのときに「自分の今の容姿に点数をつけるとしたら何点か」という質問をされて、軽く呆然としてしまった。 まぁ、これは簡単に翻訳すれば 「容姿で悩んでつらかったことを書いているけど、今は別につらくないでしょ?」 ということなんだろう、と思う…